「土田さんの合唱への思い」
土田和彦さんは第4回、第5回定演の指揮者で、土田さんが65年以上に渡って指揮されてこられた神戸市職員合唱団「こおるぺっこ」(土田さん命名)をこの度引退されました。合唱指揮者として合唱音楽と指揮に関するご自身の熱い思いを「指揮者のひとりごと」として10数回に分けて書かれておられますのでご本人のご了承を得てご紹介しています。
指揮者のひとりごと…振りの基本…その2
昨夜のニュース番組で世界的に活躍されていた指揮者の小澤征爾さんが今月6日に亡くなられていたとの報が伝えられ、特集が組まれていました。その中で高校生を指導されている場面で征爾さんが厳しく教えられていたのは、高校生の指揮者が手首をくねくねと動かしながら振っているのを「ダメダメそんなことをしては・・・」と窘めておられました。肘から人差し指の先までが一本の指揮棒のように真っ直ぐにして振らねばならないと教えられてきたことと同じことを指摘されていたのです。私が多くの指揮者を見てこれはいけないなと思っていたことですが、肘を大きく動かしたり手首を折るように曲げ動かしたりすればいろいろなところが指示点になってしまうからだということです。肘は両脇近くに固定し肘から指先までは一直線の棒のように真っ直ぐにして振らねばならないと強く教えられたことを思い出していました。
私たちの周りにもたくさんの指揮者がいろいろな合唱団で振っていますし、それら多くの指揮者が振る姿を見てきて私なりに思うこともいろいろあります。今日はそれらの指揮者の姿から思うことをお話ししてみたいと思います。
まずは〝日本の音楽教育について思うこと〟なんて大変大きく出ましたが、私が合唱指揮者として続けてきた練習法について、合唱曲を歌うに当たって大切なことはメロディをしっかり歌うだけでなくそこに醸し出されるハーモニーもしっかり感じながら歌うことが大切だと思っています。
私が思うことは、現在多くの合唱団…特に女声合唱団で…の練習法には大きな違いがあるように思うところから来る疑問でもあります。
それは、女声合唱団の中には街のピアノ教室で講師をしている方がご自分の子供の成長に応じて幼稚園や小学校、または中学校の時に請われてPTAコーラスで教えて欲しいということで指揮を請け負う方も多いと思います。
このような形で指揮をされている方々の中には、多分多くの方が楽器製作会社のキャンペーンに応募されてピアノ講師のメソッドを受講され、競って高いグレードの資格を持って教えられているでしょう。そこで学んでこられたのは主に「ピアノを教える」ことを主体として習われてきた教え方なのではないでしょうか。実は合唱を教えるに当たって、私はそこにいろいろな問題が出てくると考えています。
ピアノは鍵盤楽器として1オクターブを平均的に12分割した音で調律されています。所謂12音音階・平均律ですね。ピアノに向かったとき一番最初に覚えるのは鍵盤の位置ですね。そして鍵の近くにあるC…独名ツェ-・英名シー・和名ハ…音を中心として上下に白鍵と黒鍵が並べられています。白鍵だけを上に順番に弾いていけば「ドレミファソラシド」と並べられていますね。言うまでもなく下に弾いていけば「ドシラソファミレド」の順に音が出ます。まずこのピアノの音の並びを教えられるのですが、中心のC音は飽くまでも「ド」なのですね。従って上隣の音は「レ」、下隣の音は「シ」というようにそれらの音を「階名」で教えられるのです。これが後々まで尾を引くようになるのですが、即ちここで教えられたことを子供たちに教えるのも同じことを教えていくのです。
楽器製作会社がピアノを普及させよう…なんとか日本全国にピアノを売ろう…としてそれを学ぶ手段も含めて普及させたことから日本の音楽教育はC音は「ド」というように「階名」を「音名」として教えることでした。これが今では音楽の主流として日本の津々浦々にまで「音楽」を広めていった経緯なのです。このことはとっても素晴らしいことですが、実はそこに合唱音楽の普及にとって大きな落とし穴があったのです。
それはこの教え方は楽譜を読むときにC音は「ド」というように固定された音の名前が使われてどの楽譜を見ても五線譜の下第1線や第4間を「ド」と認識して読む方法が広がっていきました。これが所謂「固定ド唱法」と言われるものです。
この方法は音の持つ高さを把握するには便利…飽くまでも一つの音に一つの名称が与えられているので迷わない…ですが、音楽全体を把握し学ぶには欠陥があるということです。
音楽とは…曲の成り立ち…メロディー・ハーモニー・リズムからなるものですので、メロディーを構成する音の高さ…横の繋がり…を連続して追っていくだけではなく、そこに縦の繋がりであるハーモニーも同時に感じ取らねばなりませんし、時間的経過としてのリズムも加わって成り立っているので、それらの要素を同時に学んでいかねばなりません。そのためには音の高さだけを把握する「固定ド唱法」では後から苦労してハーモニーの成り立ちなどを学ばねばならないのです。
それに比べて私たちが子供の頃に学んできた音楽教育では楽譜の読み方としてその曲の持つ調性によってその調の「階名」で読む方法がとられてきました。例えばハ長調ではC音が「ド」となり、ヘ長調ではF音が「ド」となる読み方で譜読みをするのです。また変ロ長調であればB音(独名べー:英名ではB♭ビーフラット)を「ド」と読ませてその上に音階…ドレミの音の間隔・ド(全音)レ(全音)ミ(半音)ファ(全音)ソ(全音)ラ(全音)シ(半音)ド…が構築されていくことになりますね。そこで大切なことは音階のそれぞれの音の上に3度・5度上の音を重ねて演奏する和音の変化…進行…によって紡ぎ出されるハーモニー…和声進行…も感じ取れるようになっていきます。即ち自分の歌っている「階名」の持つ和音の成り立ちが知らない間に頭の中で見えてくる…考えている…ことになるのです。
このように「移動ド唱法」という方法で読むことでその調の持つハーモニーの構成…和声進行の方法…も知らない間に身に付けることが出来るので、合唱を学んだり歌ったりする場合は特に「固定ド唱法」よりも「移動ド唱法」のほうが適していると言えるのです。しかし残念ながら上に書いたように…楽器製作会社のキャンペーンに乗って…固定ド唱法による譜読みが浸透した結果、音楽の大切な要素のうちハーモニーの部分が欠落してしまったのです。これは日本の楽器製作会社の商業主義による弊害と言ってもいいように思いますが、逆に考えればこの販売促進によって多くの子供たちに音楽教育が行き渡ったのも事実ですから、功罪合いともなっていて一概に悪いとも言えませんがね。
長くなりましたので、このあたりで・・・また次回に。