☆指揮者のひとりごと…振りの基本…その7
この前に私は組曲をよく取り上げてきたと申し上げました。組曲の持つ物語性に惹かれたり、テーマそのものに惹かれたりして是非振ってみたい団員の皆さんと心を合わせ声を合わせて取り組みたいと、私の心を駆り立てるものが感じられるからかもしれません。
組曲は私の考える物語性を初めから設定してくれているので、その物語性を尊重しながら更に膨らませていけば色々な表現が出来ると思い、よく取り上げてきたのです。
その中でも大中恩はダントツであり、ほぼすべてとは言えなくても粗方の組曲に挑戦してきたと思っています。彼の若いときの歌曲を合唱曲に自ら編曲のシリーズ…合唱曲集「秋の女よ」…は頻繁に取り上げています。それは私の追い求める音楽によるメッセージと相重なるところからであり大中恩自身が生涯掛けて伝え続けてきた〝平和への祈り〟そのものであったからです。
私は合唱曲集「秋の女よ」からは「海の若者」と「秋の女よ」と続く曲の情感が好きで…というのもこの曲には言外に戦争に対するアンチの思いを共感するからなのでしょう…その想いを聞いてくださる方々にも私なりに伝えたくて何度も取り上げてきました。
そしてその究極のステージとして同じく大中恩が…彼の死の直前と言ってもいい…晩年に作曲した交声曲「平和への祈り」に繋がったのです。この「平和への祈り」は大中恩の最後の伝言といっても良い「海の若者」「秋の女よ」から持ち続けてきた人々へのメッセージなのだと私は思っています。
「海の若者」では戦いに挑んだ若者が帰らぬ人となって愛しい女…ヒト〝秋の女〟…の心を濡らし悲しみを湛えて…悲しみの中にも愛しいヒトへの温かく優しい想いを抱きながら…歩み去って行く姿を想像せずには居られません。〝秋の女〟が愛し戦に翻弄され消えていった彼を何時までも心の奥に抱きながらその残像を大切に持ち続け、生きてほしいと願うばかりです。そうです、私は「秋の女よ」を失恋の曲とは捕らえておらず、戦に消えた若者を思い続けるやさしい〝秋の女〟であってほしいと思うのです。
そしてその思いを集大成して心静かに…声高でなくあたたかくやさしく…歌い納めるのが「平和への祈り」なのです。私はこの大中恩の最後のメッセージとでも言える「平和への祈り」を取り上げたとき、彼の心からの祈りを感じずには居られませんでした。そして合唱におけるハーモニーと独唱のメロディの優しく切ない一つ一つの曲の織りなす綾模様を祈りの心を塗り込める絵筆で余すところなく彩りたいと心から思いました。私の心は悲しみの中に流れるあたたかな涙とやさしさのぬくもりに包まれて揺蕩うばかりでした。そうしてここでは独唱曲も一つの合唱曲として…心の底からの〝平和への祈り〟として…歌い上げてきたつもりです。
私は合唱におけるソロの役割を合唱の〝一パート〟と位置づけて合唱に流れるハーモニーとそれに絡むソロのメロディを一つの曲の流れとして掴み取り表現してきました。ソロの役割は…独立したメロディではなく合唱におけるハーモニー構成の一要素として…和声進行の重要な要素として表現しています。従ってソリストを選ぶとき、歌の上手いや声が良いといった要素よりもその曲のハーモニーをどのように彩ってくれるか、私の要求する和声進行と溢れる表現を素直に受けとめ彩ってくれるか、私の心に流れる情感をどこまで受けとめ表現してくれるかを大切にしてきました。中には勘違いしてソリストとして選ばれたことに…自分の技術が卓越しているからと…自信過剰になって指揮者の想いとはかけ離れた解釈で歌いたいと要求してくる者もありますが(x_x)
アマチュア合唱団として大切なことは、私たちはプロではないのですから指揮者も含めて、全団員が一体となって素晴らしい曲の表現をしたいと同じ目標に向かって心を合わせ声を合わせて練習を重ね、素晴らしい表現を実現させることにあると思っています。
そのためには指揮者の解釈…指揮者の心に流れる豊かな曲想…を信じ受け入れて心一つに芸術作品…合唱芸術…を創り上げるつもりで練習に練習を重ね努力することが大切だと想っています。指揮者は自分の曲に対する解釈…どれほど豊かな心情を溢れさせる事が出来るか…を身体いっぱい表現して、団員の心を動かしステージ芸術として完成させ、来てくださった方々の心を揺り動かせるように創り上げることだと思っています。
要するに私は合唱というものを芸術として大切なもの…心の中に流れる音楽…を如何に熱く表現して人々に伝えていけるか。その想いが叶ったとき私の心の中にある〝合唱音楽〟は完成し〝合唱芸術〟になるのだと思って振り続けてきました。
また私は、アマチュアであるが故に…アマチュアだからこそ…出来ることがあると思っています。それはこれでいいと言うまで練習を重ねていくことであり何度も何度も練習を積み重ねることによって指揮者の求める演奏スタイルがすべての団員に染み渡り、終局的には指揮者が振らなくても…ちょっとした眼の動き、指の動きだけで感じ取れる感性を磨くことで…素晴らしい表現が出来る…究極のステージでは〝指揮者は要らない〟と言ってきました…ようになると信じてきました。
少々冗長になってしまいました。伝えたい思いが強くて同じことを何度も言葉を換え書き連ねてしまいました。読み辛い文になってしまいましたことをどうかお許しください。