指揮者のひとりごと…振りの基本…その12
土田和彦さん(W64年卒)の文章です。
前回は振りの基礎…本当の基礎の基礎…についてお話ししましたが、指揮をするに当たって一番大切なことは、何よりも自分の心の中にある音楽への情熱を如何に表現するかと言うことです。振りの基礎はそのために必要な日常の基本練習に他なりません。
私は、私の心に溢れる音楽…合唱…に対する情熱・想いをどう表現すれば歌ってくださる合唱団の仲間に伝えられるか、どう振れば仲間にだけでなく聴いてくださる方々にも伝わるかということを常に考え練習を積み重ね、練り上げてきました。
私はいつも自分の心の中に流れ溢れ出す音楽を団員諸氏がどう受けとめ共に表現しようと思って貰えるかを考え工夫を凝らして来ました。そして聴いてくださる方にも私の振りを見、演奏を聴いて音楽の中に込められた熱い想いに心揺り動かされ感じて頂ければと願ってきました。
指揮の真髄は、心に溢れる音楽への情熱を合唱団のメンバーだけでなく聴いてくださる方々にも如何に伝えられるか、ステージ演奏に於いて演奏する音楽にどれほど多くの想いを込められるか、それをどれだけ受けとめて貰えるかにあると思います。
私は常に合唱音楽を創り上げるときに心掛けてきたことは、共に歌う者も聴く者も音楽の心地よい響きの中に〝やさしさとあたたかさ〟を感じ取っていただきたいとの想いを込めて纏めるようにして来ました。
それは私の創り上げる音楽そのものがこの地球上のあらゆる存在に対する祈りの心をもって歓び尊び感謝を伝えたいと思い続けてきたからです。その心を皆さんと共有したいとの思いで振り続けてきたつもりです。
この地球のあらゆる自然の存在物、生きとし生けるもの達、動物も植物もそして鉱物も、命あるもの達も命を持たなくてもそこにしっかり存在しているもの達そのものへの畏敬の念でありすべての存在があらゆるものの存在を支え形作っていることへの感謝の心を表したかったのです。
この私の気持ちは、ある意味宗教心に似たものかも知れません。一種の宗教的信仰の境地にあるようにも感じています。この世のありとあらゆるものの存在への感謝と畏敬の念、すべてのものを存在せしめているもの…ある種の偉大なる力…を信じる心、それは神の力であったり仏の導きであったり、私たち自身の中に湧き出す希求の想いであり、苦しみを乗り越える大きな力を感じる心であり歓びでもあります。
この世のあらゆる存在物に包まれ受け入れられ支えられ、生かされている私たちの存在。そのことに心から感謝し歓びをする自己の存在。あらゆる苦しみの存在もそのあとに来る歓びの刻を楽しみ受け入れるため。そんな人生を楽しみ謳歌する気持ちで感謝の心を歌い上げたい。それは正に〝Durch Leiden Freude(デュルヒ ライデン フロイデ)ドイツ語〟であります。
私はこのような心を込めて合唱音楽を創り歌い上げてきたことに誇りと歓びを持って勤しんできました。 何時もいつも祈りの気持ち、感謝の気持ちを持って振り続けてきたように思います。
今まで振り続けて来ることが出来たのは、そんな気持ちを持ち続けて指揮という素晴らしい仕事に出逢えたことに感謝の心で満たされてきました。すべては合唱音楽に携われたお陰といえるでしょう。