正副三役と初顔合わせ

本日3月2日現役たちの強化練習日、お昼休みに練習場で私と正副三役の6人と初顔合わせをいたしました。話し合った内容は下記の通りです。

《私の方から合一会の説明》
* 合一会の名称の説明…当時の合同第一講義室で練習していたことからそう名付けられたこと。
* 合一会から団への財政支援…合一会は何らかの名目で毎年合計8万円の財政支援を合唱団にしていること。さらにコロナ禍の際、団員数が20~30名台に落ち込んだ時は更に2020年からの3年間で合計五十数万円をしていたことなど、合一会の有難みの宣伝をしました。

《伊東先生のこと》
* ご本人のHPから伊東先生の生い立ちとお父様が聾教育と手話通訳の第一人者であり、伊東先生に色んな影響を与えていたことを話しました。小さい頃エレクトーンを習わせられたこと。プライベートで歌集を発行しておられたお父様からお風呂の中で斎藤茂吉や石川啄木の短歌、島崎藤村や佐藤春夫の詩を反復暗唱させられていたこと。
* 初めて作詞をしたのは2006年に団員の結婚式に歌詞の作詞を頼まれて生まれて初めて作詞をしたことから2009年頃から“みなづきみのり”の名で作詞活動を始めたこと。

《伊東先生から来年の第70回記念定演で委嘱作品を歌うことを提案されている件》
* 伊東先生は第50回、第60回定演で記念の合同ステージのためにそれぞれ 『童声・混声合唱と2台のピアノのための「日本の四季」』 と J=ラターの宗教曲『マニフィカート』 と特別な選曲をしてくださっていました。次の第70回の定演では委嘱作品をしてみないかとの提案をされています。
* わが団では過去の委嘱作品はやはり伊東先生の提案で、2011年(第54回定演の年)の三団(フリューゲルと大谷混声と)ジョイコンの合同演奏曲でした。伊東先生が高評価している若手作曲家北川昇氏による立原道造(1914生まれの詩人、肺結核で24歳死去)作詩『わが歌は』でした。
* 今回は誰の詩をどの作曲家に委嘱するかはまだ不明です。今年のジョイコンまでにどうするか決めることになっております。とにかくそのことが今後の合一会との検討課題になります。また協議内容は追ってお知らせいたします。お楽しみに。

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user.png 合一会事務局長 77年卒石田 time.png 2026/03/02(Mon) 21:50 No.783
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