演奏会の表紙から〜編集長のコメント

<第20回演奏会>
◆1977年第20回定演プログラム。表紙は写真の通りで、従来のパターンに戻っています。すなわちB5サイズで表紙も含めて印刷屋に活字で印刷してもらうというものです。しかしその内容は20回定演を記念するだけのものがあり画期的です。指揮者・幹事長のプロフィールでは初めて各自の顔写真を付け、パート紹介にもパートの全体写真を付けました。これらの写真使用は定演プログラム史上初のものです。それ故に、今回は三枚の写真とも20回定演プログラムのものです。
◆1ステは笠井実氏指揮の日本民謡6曲。それらの曲の内で秋田県民謡の「子守唄」のソロをした清水由貴子さんと笠井氏は後に結婚しています。2ステは清水脩作詞作曲の「フルートと混声合唱のための昔ばなし 笛吹き八郎が亀を助けた話」で兼田博氏指揮。
◆3ステはポピュラーでハイファイセットとその前身である赤い鳥の歌から5曲。そのうちの1曲が後に愛唱歌集に載った佐々木繁氏編曲の「幸せになるため」でした。♪夕焼けが燃えて落ちてゆくよ/山並みの向こうへと馳せる思い……あの人も仕事を終えて/今頃家路をたどっているだろう/離れているけど/同じ愛見つめ♪ 心に沁みるよい合唱曲になっていましたね。
◆4ステは日浦さん指揮のバッハのモテットV Jesu. Meine Freudeでした。第13回定演に続き2度目の選曲です。そして20回記念のOB合同ステージは日浦さん指揮で清水脩「月光とピエロ」より「秋のピエロ」、それに佐藤眞「蔵王」より「早春」の以上2曲でした。
◆20回定演プログラムの、指揮者と幹事長のプロフィールのページ。写真は左から日浦常任指揮者、兼田学生指揮者、笠井学生指揮者、土橋幹事長。写真の下に載せられている「対談」より抜粋します。まあ、それぞれの個性がよく出た対談です。
司会:笠井君、定演のステージ振るのは今回が初めてだと言うことについて、ご感想とか抱負を
笠井:(テープレコーダーを指差して)これ、回ってんの?…え、回ってる?私、語るほどのものはございません。
兼田:それがお前のいかんとこやぞ、何か言え。
笠井:わし…いや僕は19回と20回しか出てへんやろ、実感全然わかへんし、意識もしてない。
兼田:それでええんとちゃうか。
土橋:兼田さんどうやの?今度振る曲(笛吹き八郎が亀を助けた話)の方は?
兼田:いやー、何と言うか、狙いがどこにあるかわからへんねん。仕上がりを楽しみにしといてくれとしか今は言えへんわ。話は変わるけど僕バッハとかああいうもんの方に惹かれるねん。
土田:バッハと言えば13回定演の時もモテットVをやったそうですけど、当時と比べて今はどうですか?
日浦:そうやねあの時よりいいでしょう。メンバーが充実してますね、人数的にも。
司会:もうそろそろまとめたいと思うんですが。皆さん団員に何か一言。
笠井:まあ、頑張って下さい。
土橋:練習には休まんと来るように。
兼田:八丈島のきょん!
写真は20回定演プログラムの各パート紹介のページです。左上がソプラノ。「テナーよりソプラノへ」…ソプラノさん高い音を出す時はいつも苦しそうですなあ。どうしてあの金属音が取れないのでしょう。きっと皆さんのスタイルがあまりによすぎるからですよ。声楽家のソプラノ歌手を見てごらんなさい、皆立派な体格ですよ。がんばって肥ってみてください。
◆左下がベース。「ソプラノよりベースへ」…一口に言ってユニークな人間集団ですな。鬼瓦、グロテスク、筋男、労働者の手を持つ男etc. でもそんなこと言われても心の底では結構喜んでいるようなマゾヒズム的なところがあるからまた楽しいんですよ。テナーに負けるな頑張れ我らの栄光のベースメン!
◆右上がテナー。「アルトよりテナーへ」…テナーといえば、ビール樽の集まりかと思っていたのに、最近ビール瓶のようなのも増えてきて、テナーメンのイメージも種々雑多という感あり。そのドンくささの中にキラリと光るシャープなセンス。誠実そうな瞳の中に見る好き者の影。のせられると羞恥心をかなぐり捨て去れる能力等々。
◆右下がアルト。「ベースよりアルトへ」…個人的には目立つ人も多いのですが、やはり、パートカラーと言うものがあるのでしょう。文字通りの縁の下の力持ちで、実力に方も我が団においてはベースに次いでうまい定評があります。若い身空であのオバハン声を必死で出している姿に皆さん涙をお流し下さい。
◆世の動き…円高で日本経済悪化、日本赤軍ハイジャックに超法規措置で乗客釈放、王選手世界記録の756号本塁打、チャップリン(89)死去、《言葉》ルーツ、花の応援団、これっきり(百恵)、電線に雀が三羽とまって…、翔んでる《府大では》家政学部を生活科学部に名称変更、年間授業料が国立と同額に(大学96,000円 短大72,000円)